【主人公】「きゃ!」
【????】「こんな街中を、全速力で走ったら危ないですよ」
【主人公】(――この声は)
抱き止めてくれていた男性の顔を見上げる。
【主人公】「もしかして、蒲生先生ですか?」
【蒲生 龍彦】「転んで怪我でもしたら大変です。ぶつかったのが私でよかった」
蒲生弁護士は優しく笑ってくれた。
【主人公】「え、ええ……」
頭を下げたまま、どんどん胸が苦しくなってくる。
厚い胸板の感触。
抱き止めてくれた腕の力強さ。
それらが、身体中に染み込んでしまった気がした。
【主人公】(胸が苦しいのは、駅からずっと、走り通しだったせいかな……)
【佐伯 潤一】「髪が乱れてしまったね」
【主人公】「……あ」
潤一さんは私の髪を撫で、乱れを直してくれた。
【佐伯 潤一】「何も持たずに飛び出したって聞いて、心配したよ」
その瞳は、言葉以上に私のことを心配してくれていたと、語っていた。
【主人公】(……あんなところを、見られたなんて)
私を探してくれていた潤一さんが、蒲生弁護士の腕の中にいた私を見て、どう思っただろう。
【主人公】(今日は最厄日としか思えないよ……)
大富豪の遺産のこと。
酔っぱらいに絡まれたこと。
【佐伯 潤一】「帰ろうか」
優しく言われても、私は下を向いたまま顔を上げられなかった。
引っ込んでいた涙が、またこぼれ落ちそうになる。
【主人公】「まだ帰りたくない」
今すぐ父たちの元に帰る気には、どうしてもなれない。
【佐伯 潤一】「それなら、パーラーでアイスクリームでも食べる?」
【主人公】「えっ、アイスクリーム?」
【松ヶ枝 史弥】「松ヶ枝史弥です。帝國大學法学部に通ってます」
史弥くんは一礼してから、私に近付いた。
【松ヶ枝 史弥】「若輩者ですが、仲良くしていただけたら嬉しいです」
【主人公】「こ、こちらこそ」
【主人公】(物凄い美少年……)
少女雑誌の挿絵に描かれるような、いや、それよりも、ずっと綺麗な少年だった。
【主人公】(西洋の天使とかって、彼みたいな感じなのかな)
【松ヶ枝 史弥】「よかったら、僕とも握手していただけませんか」
【主人公】「え、ええ……」
差し出された手も、硝子細工のように美しい。
握手をすると、彼の頬に少し赤みがさした。
【松ヶ枝 史弥】「光栄です」
【主人公】「私なんか、そんな」
少女雑誌の挿絵に描かれるような、いや、それよりも、ずっと綺麗な少年だった。
【巽】「貴女様の用心棒として、従僕として日本で生きよ、と祖父に命じられました」
【主人公】「用心棒!?」
物騒な言葉に、私はますます混乱した。
【主人公】(まさか、これから危険な目に遭わされるんじゃ……)
用心棒を海外から呼ばなければならないくらい、危ない何かをさせられるのか。
混乱より不安の方が勝ってきた時、巽さんは輝くばかりの笑顔を向け、深々と頭を下げた。
【巽】「お会いできて、とても嬉しいです」
【主人公】「わ、私もです……」
笑顔につられ、そう返した。
【巽】「そう仰っていただけて、感激です」
顔を上げた巽さんの蒼い瞳が、日差しを受けて輝いた。
【???】「俺の女に触るんじゃねぇ」
【主人公】「!?」
【酔っぱらい】「い、痛ぇっ!! やめやがれっ!!」
【???】「ブタ箱にブチ込まれたくなかったら失せな、屑」
解放された私を抱き寄せた誰かは、男を突き飛ばした。
【酔っぱらい】「畜生! てめぇの女が大事なら、こんな場所ひとりで歩かせんなっ!」
【???】「これからは、そうする」
その誰かが低い声で言うと、酔っぱらいは後ずさりネオンの靄の中に消えた。
【主人公】「……蒲生先生」
【主人公】(蒲生先生が私を助けてくれるなんて……)
【蒲生 龍彦】「……」
【主人公】「……」
私の唇に、彼の唇が触れた。
その瞬間、蒲生弁護士のことで頭がいっぱいになる。
【蒲生 龍彦】「……」
【主人公】「んっ――…………」
深く口付けされ、彼の舌が私の舌を絡め取った。
初めての口付け。
どうしたらいいの、かわからない。
舌を任せているだけで、身体中が溶けてなくなりそうな気持ちになった。
【主人公】(私は蒲生先生のことを――)